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不思議な力
店長情報 › 不思議な力 › 2016年03月29日

2016年03月29日

赤い糸の悪戯

いつもの朝より少し早い道玄坂のカフェの店内は、人がまばらだった。渋谷までの東横線の車内もほんの少し体が楽だった。
店内の静かに漂う弦楽器の優しい調べは、白い砂浜で日の出の光に青く揺れる、さざなみのように心地良かった。薄い緑の輝きを放つ、窓際のv面方法観葉植物も大きな葉をゆっくりと微笑ませている。
入口脇のレジで朝食を買った美奈子は、奥の四人掛けの席に腰を下ろした。両手を上げ、大きく足の先まで伸びをした。美奈子が身に着けている黒いカーディガンの網目は、動きに合わせて一直線に並んだ。胸の辺りのピンクのバラの絵柄も大きく広がった。
窓際に座っている真新しい黒いスーツを着たOLは、目を輝かせて赤い携帯電話でメールを読んでいる。まだ学生の香りが半分くらい残っているようにも見えた。美奈子は四年前の自分に姿を重ね、夢と希望で満ち溢れていた頃を懐かしんだ。
中央の大きな円卓には、よれよれのスーツを着た数人のサラリーマンが腰を掛けている。皆、眠そうで、ぼうっとコーヒーを飲んでいる。所々から、タバコの煙が上がり、店内は朝靄に包まれるようだった。

そうした光景を眺めながら、美奈子は満員電車で縮んだ体をほぐす。そこはお気に入りの席だった。店内全体が見渡せ、気持ちも大海原のようになるからだ。
美奈子はキャラメルラテを飲みながら、頬を大きく膨らませ、ナポレオンパイを味わった。ふわふわのクリームに包まった紅色の野いちごの甘酸っぱい香りが、口中一杯にぷわりと流れる。至福の自助宴會一時が全身を駆け抜ける。美奈子の朝は毎日そうして始まった。
スイーツのほど良い甘さが脳細胞の隅々までに行き渡ると、美奈子の寝ぼけた頭は目を覚ました。
デザイナーは頭の中でイメージを大きく膨らますのが仕事だった。脳をフル回転させる状態を保たないといけない。だから、糖分を補給することは、良いウォーミングアップになる。そう納得することが、朝からスイーツを堂々と頬張る美奈子の大儀名分だった。

ナポレオンパイを片づけた美奈子は、漸く手に入れた薄ピンクのスタールビーを眺めた。頬を伸ばしながら右手を少し上げ、天井の明かりに透かしてみた。六条の煌きが美奈子の瞳を撫でる。胸中に一粒の幸せが拡散した。喜びの余韻に酔いしれながら、優雅にラテを口につける。その流れを何回も繰り返し、心をピンポン玉のように弾ませ、月曜日の早めの朝を浮き浮きと楽しんだ。
美奈子は六条の煌きを見るうちに、占いの館の老婆の言葉を思い出した。「彼氏からアプローチしてくるようになる」という言葉だった。
(本当なのかな。楽しみだわ。会社に着いたら、川村さんに早速試してみようかしら。レッドローズ作戦と名づけようかな。でも、ダメ!もし、そんな力がなかったら。また、恥をかくことになる。二度続けての失敗は、さすがにヤバイわよね・・・・・・)
美奈子は銀色のフォークを口にくわえながら、顔に険しい山を浮かべた。
暫くして美奈子は、急に目の前で大きく両手を叩き、天井を見上げた。顔から大きな笑みを零し、瞳を大きくした。

(直樹で試してみるのが無難だわ。彼なら後輩だし、私の番犬みたいなものだから失敗しても多分大丈夫よね。ヨシ!トライアルローズ作戦と名づけよう。成功したら、すぐにレッドローズを実行するわ。そうすれば、私にもいよいよ本当の春が、えへへっ・・・・・・)
美奈子は暖かい風が流れ抜ける草原のように顔を広げ、両手を目の財經股票前で合わせ、胸を躍らせた。勢い良く立ち上がると、軽いスキップを踏んで店を出た。
道玄坂の上り道は体が軽かった。サラリーマンの人の波を軽快にかき分けて進んでいく。美奈子が身に着けているヒップハングでプリーツタイプの白いミニスカートも、愉快に裾をなびかせていた。  


Posted by 不思議な力 at 11:17Comments(0)